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2009年5月

2009-05-31

30年後の修学旅行

2009年5月の後半は、思わぬ新型インフルエンザ騒ぎのうちに過ぎて行った感ですが、それもようやく落ち着いてきたといった街の様子でしょうか。

まぁ私はもともとおもな予定がこのタイミングでwebの更新作業(→いちおう完成しましたのために籠もるつもりだったので、大きな影響は受けなかった(それでも1週間ズレてたら帝塚山のゲスト講義が休講になってたところ(^_^;))んですが、ニュースで見た、荷物を万端整えて新大阪駅の集合場所に着いてみたら修学旅行は中止になった――という中学生の皆さんなどは、まさにそのこと自体が災難だったわけで、同情を禁じえません。

他にも修学旅行中止問題というのは、複数報道されていましたが、だいたいこの時期というのは、そもそも修学旅行シーズンなので、影響を受けた学校も少なくなかったのでしょう。
願わくは該当の皆さんが日取りをあらためて出発できるよう祈ります。
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思えば私が中学の修学旅行に出かけていたのも、まさしくこの5月の下旬でした。
あれから……………はや30年かぁ。
(激しくトシがバレてますが↑まぁ本の奥付とかには明記してあるので(^^ゞ)
う゛ーん…。こりゃもー、正義の怒りを、ぶつけろガンダム!ですわ(^o^;)
なんかもぅしみじみするしかないです。

詳しくは『女が少年だったころ』の第3章を読んでいただくことにして(おひ(^^))、かいつまんで言えば、当時の私は気になる……ないしは仲良くなりたい女の子が2人いたのですが、当時は自分が男の子だったので、「同時に2人を好き」はマヅいのではないかと葛藤していたんですね。
で、そんな状態の中で、修学旅行という思い出深いイベントがやってくると――。
いやいやコレは思い出深いイベントがさらに思い出深くなること必至です。
実際のところ、本当にこの中学3年生のときの修学旅行は、人生の中でも大きなポイントとなっていて、いわば“もはや子どもではない自分の原点”とも言える重要な思い出となっているのです。

…でもって、この修学旅行のころの“恋の悩み”を、こうして今あらためて見てみると、結局30年前から私を悩ませていたのは、男女二元分離&異性愛主義、そしてモノガミー規範といったものに他ならないですね。
そしてこの後、高校や大学、社会人になっても、私はそれらの下で苦しむと(>_<)。

ちなみに『女子高生になれなかった少年』を読んでいただくと(おひおひ(^^;))わかりますが、私は高校3年と、大学4年の、それぞれ進路にかかわるやるせない思いを抱いて、フラっと旅に出た結果、この中学のときの修学旅行の行き先を再訪しています。
そして、それで少しは癒されて帰ることができたり、ある種の決断を最終的に下す踏ん切りがついたりしているのです。

そんなふうに人生に悩んで、明日を生きる自信を失いかけたとき、さしあたりの元気がチャージできる、あるいは明日の行く先を決めかねたとき、思い切った選択をする勇気をもらえる、そんな思い出があるというのは、やっぱり非常に貴重なことです。

私が、生き方が追い詰められて、秋の日にフラっと旅に出るというシチュエーションは『明るいトランスジェンダー生活』の第0章にも登場します(おひ×3(^^;;))が、そんなときでも、なんとか「僕にはまだ帰れる場所がある」と思えて無事に生きて戻れるかどうかの分かれ目は、そんなところにあったのかもしれません。

だから、本当に生きることに行き詰ったとき、心を強くして、そして新しい明日を生きるための、クライマックスのジャンプを跳ぶ――、それができるために大切なのは、それまでの人生において、日々を真摯に生き、紡ぎあげてきたいくつもの思い出……なのではないでしょうか。

ゆえに、人生にムダな体験はないし、誤った回り道なんてものもないのです。
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と、いうことで、いつの間にか壮大な話になっちゃいましたが、この際なのでついでに言っちゃいますと、「悩める人生に行き詰って、フラっと旅に出る」というモチーフは、そんなわけで今度の小説M教師学園』にも(おひ×4(^^;;;))登場します。
小説はすべてフィクションですが、そのへんには作者の実体験が投影されていると言えるのかもしれません。

ただ、フィクションな分、その先の展開は、予断を許しません。
はてさて、今回はどうなっているのか!?
ソコはひとつ、もしよろしければ、本をお求めになって確かめていただけると大変うれしいです。

アナタの明日の勇気のヒントになることを願って――。
m(__)m

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※いわゆるファーストガンダム、『機動戦士ガンダム』最初のシリーズのオンエアからも、今年30周年。
以下↓このブログ内のガンダム言及記事↓

http://tomorine3908.cocolog-nifty.com/blooming/2005/08/post_3081.html
http://tomorine3908.cocolog-nifty.com/blooming/2006/02/post_f649.html
http://tomorine3908.cocolog-nifty.com/blooming/2008/04/post_d2aa.html
http://tomorine3908.cocolog-nifty.com/blooming/2008/06/post_6991.html
http://tomorine3908.cocolog-nifty.com/blooming/2008/07/post_7cba.html

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2009-05-24

ただいまサイト改装中

かねて懸案だった佐倉ジェンダー研究所webサイトのリニューアル作業を、現在進めております。
しばらくの間、リンクの不接続、ページ表示の不具合、内容の矛盾などが発生するかもしれませんので、ご留意ください。

リニューアル完了後は「活動報告」や「諸注意事項」の類は、現在暫定公開中の“オフィシャル佐倉智美情報お知らせブログ「今日も明日も花ざかり」”のほうに移ります。

このブログ「あるある研究隊」のこの[ウェブログ・ココログ関連]のカテゴリーに該当する内容も主としてそちらに移ります。

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2009-05-23

はるな愛が温泉に行くとき

首都圏在住の知り合いからのタレコミ情報によると、関東ローカルのテレビCMで、なんと温泉施設のCMにはるな愛が出演しているとか。

★ユーチューブで↓見れるらしい↓
http://www.youtube.com/watch?v=vxHRBDKOX3A&NR=1

うーん、なかなか深い!(^o^)丿

まぁトランスジェンダーにとって公衆浴場というのは、とかくドラマに満ちている(※拙著『明るいトランスジェンダー生活』参照)のですが、聞くところによるとオペ済みの愛ちゃんならフツーに考えれば女湯OKなところを、有名人なため「あっ、はるな愛だ!!」となってしまうとか…(*^。^*)

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2009-05-20

M教師の系譜

先日も書いたとおり最近のgoogleの検索ワード入力欄の仕様は、入力していくとその内容に合わせて、よくある検索ワードの組み合わせが候補として表示されようになっています。(PC環境によっては機能がオフになるかも)
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(ちなみに「佐倉」と打ち込んでも、[佐倉智美]が出なかった(^_^;)
 ……まだまだ精進が足りませんワ(^^ゞ)

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で、ひょんなことから「教師」と入力する機会があったのですが、その際に示された候補として[教師の不祥事]とか[教師と生徒の恋愛]などが、けっこう上位に来てるんですねー。
やっぱこれらは、それだけ目立つ事象、気になる事象ではあるのかもしれません。

まぁ教職者といえども聖人君子であり続けるのは不可能だし、しょせん煩悩を持った人間なので、そのあたりはフツーにいろいろあるほうが自然と言うべきでしょう。
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◎もっとも“教師の不祥事”と言っても、検索結果を見てみると、いわゆるエッチ系もたしかに多いものの、そうではない(万引きとか、あるいは単に期末テストの成績データの入ったUSBメモリを落とした、とか [ あと(エッチ要素のない)体罰も ] )もままあります。
さらには、教師としての信念に従って卒業式の日の丸・君が代を拒否した or 生徒の実状に合わせた意欲的な性教育を実践した……ために、結果として教育委員会から処分を受けたことを不祥事扱いしたような、いわゆるバックラッシュ記事もいっしょに出てきます。

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で、この件に関しては、昔~にこんな↓こともじつは書きました。
http://homepage3.nifty.com/tomorine3908/mermaid.essay.contents/012.teacherstuff.htm
まー10年以上前の文章だし、今読み返すといろいろアラがあって強引な展開に思えるところもありますが、大枠では現在なお有効な内容ではないでしょうか。

それから、やはり“多様なセクシュアリティ”の保障という観点からは、
http://tomorine3908.cocolog-nifty.com/blooming/2007/02/post_55bc.html
が重要なのは、今後も忘れてはならないでしょうね。
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そして、その流れで行くと、かつて有料メールマガジンで連載した小説『M教師学園』なんですが、おりしもコレがいよいよ書籍として出版されることとなりました。

よくよく見ると、[教師の不祥事]や[教師と生徒の恋愛]という要素も、やっぱり織り込まれた話です。
いちおうは、男女二元的な性別制度や異性愛主義&モノガミー規範の中で、男性がどのような生きにくさに直面し、それでも満たさざるを得ない性の衝動のために女性を傷つける結果になってしまうような、いかなる構造があるのかを描いたつもりだったりもします。

形の上では自伝的な既刊において描かれていない空白期間を補うものという説明もなされたことがある作品ですが、いちおー小説はすべてフィクション!です。
…ですが、読む人によっては、不興を買う可能性もなきにしもあらず(^^ゞ

ともあれ、これもまた、現代の男性が置かれた状況や、そこに加わっている抑圧的な性別秩序を考察する一助として読み解いていただけるなら幸いです。
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とにもかくにも、「あの先生が、そんなことを!?」や、「やっぱり男って、そーゆー生き物なの!?」などでは、決して問題は解決せず、“教師の不祥事”もなくならないのですから……。
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作品社から税別1600円で6月刊行予定となっております。
ペンネームはメルマガ執筆時点の桃山ミユキは今回は使わず【 佐倉智美 】で(^o^;)ノ

詳細は、暫定公開中のお知らせブログのほうでご覧ご覧ください!
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アマゾン↓で予約も↓受付中(^^)

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2009-05-19

裁判員制度開始目前ですが

ついにはじまる裁判員制度

どうも巷の声では、裁判員をやりたくないという人が多いようですが、不思議です。
せっかくのこの機会、なんでやってみたいと思わないのでしょうか??

むろん個人の感覚というモノも尊重されるべきですが、少なくとも、これは、わたしたちが司法に直接参加する方法が整備されたわけで、いわば権利の拡大だというのが建前です。
もっと言えば、参加することが、民主社会を維持するための事実上の義務と考えてもいいのではないでしょうか。

だから、「自分はしたくない」という個人的意見ならまだしも、制度自体をとやかく批判するのは筋違いというものだと思います。

だって、例えば選挙権の範囲が拡大するのに反対するのと同じだし。
(ぃや、たしかに選挙でも「わからない」「面倒」なんてゆー人いるけど)
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ただ、もちろん新しくできた制度なので、現場での運用に関わる細部については、まだまだ様子を見ながら整備・改善していくべきところは少なくないでしょう。
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そして!

ソコに関連して、ここへ来てモンダイになっているのが↓これ!!
http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=454

性犯罪の被害者にかかわる情報は最大限の注意をもって保護するべきはずなんですが、裁判員制度のどさくさで流出する危険性が発生したりするようでは、被害者にも、そして裁判員制度にとっても不幸です。

なんとかせねば(--;)

NPO法人SEANのほうでは上記リンク先の要請活動に団体賛同しました

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2009-05-18

ノーメイクで外出OK!?

前に「ノーメイクでの外出不可!?」って記事がありましたが、状況は現在も同じです。
娘・満咲こそもう小学生ですが、やはり授業参観などにも、お父さんではありえなくはならない程度には薄くメイクして行きます。
(薄くであってもメイクした時点で、もはやフツーのお父さんでありえなくなっているという説も?(^^ゞ)

まぁとにかく、いわゆるトランスを開始したばかりの女装初期なら、まだまだ基本はおとこのこモードなので、女装姿を従来の知り合いに目撃されたりすることこそが、なんとしても避けたいことですが、まがりなりにもフルタイム化してしまうと、モロ男の外見の状態のほうが、誰にも見せたくはないものになっちゃうんですねー。
仮に外見以外の事情でお父さんだとわかってしまうケースであってもです。
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とはいえ、外出する予定のない日にはイイカゲンな服装してるし、あまつさえ、原稿の締め切りなどに追われて何日か籠もっていると、ヒゲだって伸びてくる。

そして(服はとりあえず簡単に着替えるとしても)そんなヒゲが伸びた状態の時に、でもちょっとコンビニへ行きたい…という局面は必ずあるものです。

さーどーする!?
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……そこで活躍するのが「マスク」なのです。

はい、ドラッグストアなどで売られている、花粉や感染予防に効果があるとされているアレです。

特にオススメは鼻から顎まで覆える花粉用でしょうか。
これを装着し、サイドは髪の毛を垂らせば、たとえノーメイクであっても、女性ではありえなくなるクリティカルな要素は隠れます。
これなら女性に見せることもあながち困難ではありません。

おかげで今年の春先は、コレに味をしめて、ずいぶんマスク下にヒゲのあるままコンビニに行ったなぁ~(^o^;)
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ただ、花粉シーズンが過ぎるとマスク姿の人も稀になり、かえって目立つようでは、この方法も使いづらくはなります。
次のシーズンを待つしかないですネ。
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ところが……!(゚_゚;)

そこへふってわいた今回の新型インフルエンザ

現在大阪府下は厳戒態勢。

そして街行くのはみんなマスクをつけた人!!

おかげでまたマスクはときならず不自然でなくなりましたが…。

いゃでも、こんなマスクブームは嫌だ~っ(T_T)
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◎なお、そんなわけで現在大阪近辺ではマスクが売り切れ続出なのですが、専門家に聞く機会があったので確認したところ、花粉用でも感染防止の効果は基本的に変わらないそうです。
(超高性能医療用のとくらべたら知りませんが)
だから春の使い残しが余っていればソレを活用してOK(^o^;)ノ

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2009-05-08

定額給付金を申請する者

いよいよモンダイの定額給付金の手続きも始まっているようです。

世論の大勢は批判的であったにもかかわらず強行され、あまつさえ事務経費などの付帯費用も膨大な、まるっきりの無駄遣い政策と言っても過言ではないのですが、政府は景気対策になるなどと自讃しています。

そもそも景気対策ってゆーけど、今時大切なのは、景気が悪くても大丈夫な社会経済システムを考えることであって、景気が悪いからなんとかして良くしよう…という発想自体が古いのよ!

十歩譲っても、定額給付金なんつーても、所詮は払った税金の(むしろ、将来払う税金と言うべきか)一部にすぎないわけで、そんなものを受け取ってぬか喜びさせておけば、国民の与党支持率が上がるだろうという魂胆もまた、非常にさもしい限りであります。

それだけの予算を仮にも確保したのなら、そんな一度だけの給付金ではなくて、もっと人々が末永く安心して暮らせる社会態勢を築くために使えばいいのに、そういう方向へ話を持っていけない現在の国会もまた、機能不全をきたしていると言わざるを得ませんね。

というわけで、政策としての定額給付金には、断固ノー!と言いたい。
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……のが一般論ですが、じゃ自分が辞退するかとゆーと話は別です。
決まっちゃったモンは、法治国家の名の下に従うしかアリマセン。
いゃ、そりゃ、
例えばもしも将来消費税の税率が上がった際に「自分は反対だったのだから払いません!!」が認められるのならともかく、それは不可なんだから、逆もまた真なり。

だいいち、自分の分12000円が、辞退したからといって自動的に何か有効なところへ回るわけではないのですから、辞退というのが有効な手段でもないでしょう。

だから志の高い方々の中からは、いったん受け取った後で自分が納得できるところへ寄付をするというアイデアも、提案されたりしています。
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さて、そこで受け取りの手続きなのですが、なんでまた「世帯主に支給」なのでしょう!?

これは個人に対する政策ではないのかっ!?

家族のあり方もさまざまなのだから、そんな住民登録上の代表者を形式的に抽出して、何人分かをまとめて支払おうなんて、何か問題が起こるとは、なぜ思わないのでしょう!!

消費の単位は世帯だなんてゆーふうにも、勝手に決めないでいただきたい。

このあたりも、「標準世帯」こそがあくまでも正常という前提を理想とする政府与党の限界に他ならないですワ。

実際、いわゆるDV被害者の受け取りに関しては、いろいろ問題になっているようです。
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で、そんなわけで我が家では、このように個人単位での受け取りが困難な定額給付金のしくみに鑑み、協議の結果、定額給付金は家族全員分を受け取った上で家計の一般財源に編入し、中期的な支出に充当することになりました。
まぁ子どもも何かと物いりだし、妥当な選択です。(^^ゞ
少なくとも断じて「12000円ポッキリセール!!」みたいな短絡的な消費には回しません。

そこで市役所から送られてきた案内によると――

1:申請書類は世帯主の名義が原則です。
  (代理人をたてる場合には委任欄にもご記入ください)
2:振込先銀行口座の名義は、申請の名義と同一に限ります。

とゆーことなんですが、世帯主はいちおー便宜上は私、一方で現在のウチの家計用の口座世帯を代表して我らが娘・満咲@小学4年生の名義なんですねぇ、コレが(^o^;)。

しょーがないので、満咲を代理人として委任欄に記入、捺印し、満咲の本人確認書類のコピーを添付して、満咲名義で代筆した申請書類を提出することになったのですが、これはもしかして、史上最年少世帯主・ふたたび!? でしょうか。

ちなみに1回目は、前回の国勢調査でした(^^)
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※もしもこの「受け取った後で自分が納得できるところへ寄付」の趣旨に賛同される方は、寄付先としてNPO法人「SEAN」をゼヒご検討ください(^o^;)ノ
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2009-05-06

新・女の子アニメの男の子アニメとのちがい?

アニメや特撮ものに代表される、子ども向けテレビ番組において、その女児向けに制作されるものと男児向けのものとでは、どのような差異が観察できるか――

(これによって、女の子、男の子、各々に届けられるメッセージが、それぞれのジェンダーバイアスを含んだものとなり、性別二分社会の維持を下支えする、大きな力になってしまっているのでは!? という観点で)

というテーマについては、基本的には斉藤美奈子さんの『紅一点論』にてじっくりと述べられていますので、興味のある方は、そちらを熟読されることをお勧めしますが、ソコを強引にその要点を一言でまとめてしまうなら、まぁ次のようになります。

主人公が発揮する超常的なパワーの源泉が、
 男の子アニメ → 科学
 女の子アニメ → 魔法

ただ、この斉藤美奈子さんが述べた法則は、いまだ有効ではあるものの、近年では、必ずしも妥当ではない事例も増えているのではないでしょうか。

象徴的なのは、男児向け特撮ヒーローの老舗ブランドのひとつである“戦隊もの”で、2005年度に登場した『魔法戦隊 マジレンジャー』でしょうか。
いゃー、これにはおジャ魔女どれみちゃんもビックリ!

近年の(若者の科学離れという言説がどの程度真実なのかはともかく)マンガ・アニメ・ゲーム関連のコンテンツには“異世界ファンタジー”ものなどが多く、それが背景となって、男の子アニメでも科学は前面に現れず、むしろ女の子アニメのほうに科学的な要素が見られるケースもあるように思えます。

では、この[ 科学/魔法 ]に代わる、男の子アニメと女の子アニメの特徴の差異を捕捉するためのキーはあるのでしょうか?

ここでヒントとなるのが、ちびまる子ちゃんが原作コミックだと1巻の98ページで学級会の係決めにおいて述べていることです。

お花係の希望を貫けば、じゃんけん合戦になったあげく、負ければ残ったやりたくない係になってしまうことを危惧したまるちゃんは、生き物係でラクをしようとたくらみ、勇んで立候補するのですが、ふと見ると定員2名のところへ、もうひとり(だけ)立候補したのがあの花輪クン(後のテレビアニメ版よりも、この原作の初登場回ではキザでイヤミな点が強調されたキャラになっている)。
そこでまるちゃん、
「しまった! 『誰とするか』も重要だったのに忘れてた!!」

そーなんです。物事は
何をするか
も重要ですが、それに劣らず
誰とするか
も大切なポイントなんですね。

さ、そこで、このデンで行くと、
どうも主人公が「何をするか」で悩むのが男の子アニメ。

つまり、自分の能力や使命、クリアすべき課題……といったものに葛藤しつつ、仲間とともに友情・努力・勝利のサイクルを成長していく。
これが男の子アニメの、いわば王道ですね。

対して、女の子アニメのほうは、なるほど、主人公の葛藤のツボは、まさしく「誰とするか」に関する悩みだと言ってもよさそうです。

昨今の女子園児に絶大な人気を誇る『プリキュア』シリーズでも、そう言われてみると、“伝説の戦士・プリキュア”に自分がなったこと自体に悩んだ主人公はいない!
反面、特に最初のシリーズである『ふたり』無印では、プリキュアを「誰とするか」にかかわる、主人公らの関係性の進展こそが、ズバリ物語の縦糸となっていました。

そういえば、主人公たちの自らが超能力者であることの悩みが、社会のあり方とか世界情勢などとつながっていた『絶対可憐チルドレン』に対して、二人の少女の関係性の深化に収斂していったのが『テレパシー少女 蘭』だったとも言えるか……。

いずれにしても、この[ 何を/誰と ]。
[ 科学/魔法 ]に続く、新たな分析視点として、いかがでしょうか(^o^;)ノ

※『紅一点論』、現在は文庫版(筑摩書房・ちくま文庫)が出ています。
ISBN-13: 978-4480036667

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2009-05-05

分けるから「子ども」も“男女”になる

今日は国民の祝日に関する法律に定められた「こどもの日」。
(と同時に、ソレとは別個の根拠をもって「端午の節句」の日……でもあるのですが)

だからというわけなのか、朝日新聞では、第一生命保険による子どもたちが将来大人になったらなりたいもの調査、その2008年度版の結果を紹介する記事を載せています。

分けるから

曰く、男の子の第1位は野球選手で、トップ10内のおもなものは他にサッカー選手やパイロットに、消防士・救急隊員……。
一方、女の子のトップ10内の回答で、いわば定番と言ってもよさそうなのは、看護師、美容師に、保育師・幼稚園教諭……あたりでしょうか。

というわけで、この結果を見る限りは、男の子と女の子では、その指向する自己の将来像に、かなりの差があるようです。

で、コレをもって「ホラ見ろ! やっぱり男と女は違うんだ。だから、それぞれに応じた扱いをして然るべきなのサ!!」などと早トチリする人が必ず出てきそうなのですが、もちろんこれはそうではなくて、もともと大して違わない両グループに対して、周囲が異なる刺激を与え続けるから、両グループの間に、一定の相違の傾向が発生してしまうわけですね。
つまり、社会の営みの中で、文化の持つバイアスが、性別というものを構成してしまう――いわゆるジェンダー――ってーやつです。

でもって、そもそもこのような子どもに関する調査の結果を男女別に集計するのも、じつは性差が作り出されいることそのものだったりします。
現行社会が性別二分的に営まれている以上、その実態を知る上で男女別に調査結果をまとめる意義は、現状としてはあってしまってはいますが)

そうして、このように男女別に結果が表にまとめられて、あまつさえ新聞で発表されることが、子どもたちには、「女の子が目指すべきなのは、こういう大人」「こういう職業に就きたいと思うのが、男の子として価値がある生き方」みたいなメッセージになってしまい、それがまた(次の年度の調査対象において)、それぞれのランクインしているような職業などをめざす男の子/女の子を増やしていくという循環をもたらしているのではないでしょうか。

よく言われるところの「再生産」ってヤツですナ。
(1コ前のトピックにも出てきます)

こうした再生産のサイクルが回っているがゆえに壊れないものは多々あるのですが、性別・性差にかかわるモロモロも、その典型例なんですねぇ。(^_^;)

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2009-05-04

美女と野球

「日本人は西洋人とは違う。
骨格でも筋力でも明らかに不利な条件下にある。
だから日本人野球選手が大リーグでプレーするなどというのは非現実的だ。
大柄な西洋人選手に混じってプレーしても、活躍できる場面は限られているし、クロスプレーの際には体格で劣る日本人選手は大ケガをする危険も考えられる。
だから日本人野球選手は、もっぱら日本の野球の枠組みの中でのプレーを志すべきだ。」

もしも、例えばこのように言う人がいまどきいたら、「じゃぁイチローの活躍、アレは何なんだよ!」などとすさまじいツッコミを受けるにちがいないでしょう。
それくらい日本人大リーガーはもはや当たり前になっているし、大リーグにとっても日本人選手がなくてはならない存在になっているのが現状です。

だから、上述のような考えは誤り……というのは大方のコンセンサスが得られていると言っていいでしょう。

でも、この「日本人/西洋人」を、「女性/男性」と置き換えると、まだまだ説得力のある意見だと感じる人も少なくないのではないでしょうか。

例の吉田えり選手の関西独立リーグへの入団を機に、にわかに関心が高まっている女性の硬式野球(実際、女性硬式野球チームへの入部希望者が増加しているという情報もあります)ですが、その分、異論も出やすくなっている感もまたなきにしもあらずです。
冒頭のような論旨展開で、女性プロ野球選手に否定的、ないしは少なくとも懐疑的な意見を述べる人も、webを検索した結果などには散見されます。

私は、プロスポーツの世界には、むろん詳しくないですが、基本的には勝負の世界ですから、実力を発揮して活躍できるのなら、来る者は拒まずでよいのではないかと考えます。

そして、実力本位ということであるなら、仮に吉田えり選手にあっても、「女の子だから……」ということで不当に甘い位置づけに置かれることがあってはならないでしょうし、逆にそうした周囲が色眼鏡で見る結果として、本来の実力が発揮される環境が整わないというようなことも避けられなければならないと思います。

一方、そのような気苦労を皆が回避し、女性選手本人も気兼ねなくのびのびとプレーできるようにするためにも、女性の硬式プロ野球リーグなどを振興すべきではないかという意見も、女性の硬式野球を応援する立場から出たりしているようです。

これは、現状ではたしかに一理も二理もあるでしょう。
現在の私たちの世界が男女二元的に分けて営まれている以上、それぞれの枠を設定したほうが、何をするにもスムーズという現実は、厳然として存在します。

しかし、そうやって男女で分けることによって、その結果として両者のちがいが認識され、分ける必要性が再生産されていくというサイクルが発生してしまっている――。
これもまた事実だというのは、いわばジェンダー論の基本のキですね。

[性別]は[男と女]であるとか、「男と女は違う」などというのは、じつのところ絶対的な自然法則ではないのですが、現在の私たちの世界には結果的に、こうした男女二元論を説得力のあるものにせしめるような各種の要素が存在しているため、見かけ上はそのように見えるだけ……なのだとしたら、むやみに男女でなんでも分けないことが、新しい世界を拓くきっかけになるのではないでしょうか。

そう、日本人野球選手の大リーグへの挑戦と同じように。

※いわゆる電車の女性専用車両なども、緊急避難的なニーズとしては意義があるものの、長い目で見れば、男女別にしておけばイイのだという発想が、逆に原因のほうを作り出す方向に作用する可能性がある一例でした。

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